ストレス社会
マスコミが火付け役となり現代はストレス社会と言われてもう数十年になるのではないだろうか?
私はこの言葉を聞くたびに、では戦前、江戸時代、いやヤマト王朝時代でも昔の人にはストレスがなかったのか? 文明が進み、経済力が増し現代社会は昔に比べはるかに便利になって豊かになっているにも係わらずなぜストレス社会という不健康そうな言葉があちこちで使用されるのか。
最近読んだ新潮新書「偽善の医療」著者里見清一の中にヒントがあった。実験ラットの頭に電極を入れ不快な電流刺激を与える。一方のラットAには自分が箱の中のレバーを押せば電流が止まり、もう一方のラットBはラットAがレバーを押してくれれば自分の電流も止まる仕組だがラットB自身にはレバーがなくラットAの行動に身を委ねるしかない状態にする。つまりラットAは自力で不快を防ぐことができるがラットBはできない。
この状況でラットA,Bのストレスを測定したところはじめはラットBのストレスが多いが時間が経つにつれ逆転し、ラットAがストレスを感じ、ラットBはストレスを感じなくなるのだそうです。
我々人間社会に当てはめると自由・豊かさの尺度として選択枝が多い少ないが挙げられる。現代社会においても発展途上国や一党独裁国家に比べ日本はあらゆる面で圧倒的に選択枝が多いといえるが、選択枝が多いが故に都度いちいち自己決定しなければならなくなったことがストレスを生んでいるのではなかろうか?